新千歳空港デジタル航空博物館
北海道ショールーム

新千歳空港デジタル航空博物館

飛行機今昔物語

飛行機が空を飛ぶまで

ライトフライヤー以前の飛行機

レオナルド・ダ・ビンチ

画家そして発明家としても有名なレオナルド・ダ・ビンチは人間による飛行に強い関心を持っていた。1490年代、彼は鳥の飛行運動を人工的に再現することを研究し、「羽ばたき機(オーニソプター)」を設計した。また彼はパラシュートの原型、引き込み式脚、プロペラなど後に飛行機に応用されるものの原型となるものも発明したといわれる。

パックスビル侯爵

鳥のように空を飛びたいという夢から、さまざまな翼をつけて高い塔から飛び降りるタワージャンピングが昔から試みられてきた。1742年、フランスのバックスビル侯爵は昆虫の羽のようなものを両手両足につけてボルテール桟橋から飛び降りたが川にあった洗濯場に墜落した。

モンゴルフィエ気球

フランスの製紙業者のモンゴルフィエ兄弟は、1783年6月4日に布と紙で作った気球を焚き火の熱煙をあつめて上空2,000mまで上昇させることに成功した。同じ年の11月21日には、熱気球にゴンドラをつけて人を二人乗せて飛行するのに成功した。これが最初の航空機の有人飛行となった。

鳥人浮田幸吉

岡山の表具師・浮田幸吉は独自の羽ばたき機をつくった。そして天明5(1785)年、岡山の京橋から河原に向かって飛んだ。 当時の記録(『筆すさび』)によるとハングライダーのように滑空したということだが、それが事実であるとするとケイリー卿の模型グライダーの滑空より70年も早い成功となる。

二宮式玉虫型飛行機

子どもの頃から凧づくりの名人だった二宮忠八は、香川県の丸亀連隊の看護卒になって、明治26(1893)年“玉虫型飛行器”を気球に代わる偵察機として上官に上申した。その設計図は足でプロペラを回すもので、単葉の主翼と補助翼があり、滑走用車輪まであるものであった。しかし、上官は「外国にないものが、日本にできるはずはない」として、これを受け入れなかった。

ケイレーの模型飛行機

翼の研究をして“航空の父”といわれたイギリスのジョージ・ケイリー卿は、1804年に航空力学の研究のもとにグライダーの模型をつくり試験飛行に成功した。これが最初の航空力学を応用した飛行となった。

ジファールの飛行船

フランスのアンリ・ジファールがつくった蒸気機関でプロペラを回して推進する流線型の気球。操縦ができる気球すなわち「飛行船」の誕生であった。

ヘンソンの空飛ぶ汽車

イギリスのレース編み業者のジョン・ストリングフェローは同業の友人であるウィリアム・S・ヘンソンが考えていた「空飛ぶ蒸気車」の研究に協力していた。ヘンソンは資金難で離脱したが、彼はその後も研究を続けた。1848年、ストリングフェローは小型の蒸気機関を動力とする4枚羽根のプロペラをつけた模型機をワイヤーで吊るして試験飛行し、飛行に成功した。

リリエンタールのグライダー

ドイツの機械技師オットー・リリエンタールは、コウノトリの飛ぶ姿に興味をもち、1889年に『航空の基礎としての鳥の飛翔』を出版した。その2年後、その成果を確認するため彼はグライダーをつくり自ら飛んで実験を始めた。1896年、彼は実験中に墜落して死亡した。生涯18機のグライダーをつくった。

ラングレー・エアロドローム

1903年10月7日、アメリカの数学者であり、天文学者でもあったサミュエル・ピアポント・ラングレーは、ポトマック川で串型翼のガソリンエンジンを動力とする有人航空機「エアロドロームA」を試験飛行したが、水中に突入し失敗した。同年12月8日にも実験したがやはり失敗であった。

ライトフライヤー

1903年、アメリカ、キティーホークの砂丘キルデビル・ヒルでウイルバー・ライトの操縦により人類最初のエンジン付き飛行機による飛行に成功した。飛行時間12秒、飛行距離約37m。

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