新千歳空港デジタル航空博物館
北海道ショールーム

新千歳空港デジタル航空博物館

飛行機今昔物語

飛行機大記録時代

初飛行・一番乗り

ヨーロッパでの飛行サントスデュモン14bis

1906年11月13日、距離38mを飛んでヨーロッパ最初の飛行に成功した。サントス・デュモンはそれまでに10隻以上の飛行船を作っていたが、ライト兄弟の成功をきっかけに飛行機に転向したもので、14の番号は飛行船以来のもの。

日本での飛行アンリファルマン複葉機

フランスで飛行機の操縦を学んできた陸軍の徳川大尉は、明治43(1910)年12月19日、東京の代々木練兵場で50馬力のエンジンを積んだ“アンリファルマン1910年式複葉機”に乗って飛行した。これが日本初の飛行機を使った公式飛行となった。

出力50hp、全幅10.50m、全長12.00m、総重量600kg、最大速度65km/h、乗員2名。(数値は最初の型)

国産機飛行奈良原2号機

初期の民間飛行研究家であった奈良原三次男爵は、飛行機を自ら製作し、25馬力の1号機は馬力不足で失敗したが、50馬力のエンジンに代えた奈良原式2号複葉機を明治44(1911)年、自ら操縦して飛行に成功した。これが日本でつくられた飛行機の初めての飛行となった。

大西洋飛び石横断カーチスNC-4飛行艇

最初に大西洋を途中着水で横断した機体。1919年5月16日、アメリカ海軍の3機のカーチスNC飛行艇がニューファウンドランド島トレバシー湾を出発してヨーロッパへ向かったが、嵐に遭い、途中着水した後、イギリスのポーツマスへ到着できたのは“NC-4飛行艇”1機だけだった。

英仏海峡飛行ブレリオXI-bis

1910年の第2回ゴードン・ベネット航空杯速度競技の優勝機。イギリス人のクロード・グラハム・ホワイトの操縦で、98.16km/hを記録した。

世界一周飛行ダグラス・ワールドクルーザー

1924年世界一周をしたアメリカ陸軍の水上機/陸上機。シアトルから飛び立ちボストンまでの全コース44,340kmを175日実飛行時間371時間11分で飛行した。4機で出発したが途中1機を事故で失った。日本にも立ち寄った。

水上機・全幅15.3m、全長11.1m、総重量3,492kg、最大速度161km/h、乗員2名

ニューヨーク~パリ無着陸横断ライアンNYP

1927年5月20~21日、当時25歳の郵便飛行士、チャールズ・リンドバーグの操縦によりニューヨーク~パリ間5,809kmを33時間29分で飛行した。操縦席の前に燃料タンクを配置したため前方に窓が無く視界が悪かった。

出力225hp、全幅14.3m、全長8.4m、総重量2,380kg、最大速度208km/h

ベランカ・ミスビードル

1931年10月4日、アメリカ人のヒュー・ハーンドンとクライド・パングボーンは青森県淋代を出発し、同月6日アメリカ・ワシントン州ウエナッチーに着陸し、太平洋無着陸横断飛行に成功した。

航程7,910km、飛行時間41時間12分、平均速度192km/h。

出力425hp、全幅14.1m、全長8.5m、総重量2,090kg、最大速度240km/h、乗員2名/乗客5名。

記録機

第1回ランス飛行競技会優勝カーチス複葉機

アメリカのオートバイの製作者であり、ライダーでもあったグレン・H・カーチスは、アメリカの若い航空研究家グループ「航空実験協会(AEA)」の飛行機製作に協力したのを契機として自らも航空機製作会社をつくった。

1909年8月、彼は自ら設計・製作した複葉機「ゴールデン・フライヤー」でフランスで開かれた「ランス飛行競技大会」に出場し、20kmと30kmの平均速度を競うレースで優勝した。

出力50hp、全幅8.76m、全長10.21m、自重249kg、最大速度72km/h、乗員1名。

シュナイダー杯獲得スーパーマリンS.6B

1931年のシュナイダーレースの優勝機。これによりイギリスは3年連続優勝をはたしシュナイダートロフィーを永久に獲得する事になった。同年9月29日には655km/h の世界速度記録を樹立した。

全幅9.2m、全長8.8m、総重量2,760kg、乗員1名

トンプソン杯レース優勝
ジービーR-1

アメリカのロバート・ホールが設計した独創的な寸胴の機体。1932年の全米航空競技会“トンプソン・スピード・レース”でジェームス・ドゥーリトルの操縦によって優勝した。予選では平均時速473.8km/hの世界記録をつくった。

出力800hp、全幅7.62m、全長5.41m、総重量1,396kg、最大速度476km/h、乗員1名。

マッキ=カストルディM.C.72

イタリアの天才デザイナー、マリオ・カストルディによる設計の水上機の不滅の速度記録をつくった名機。強力なエンジンと二重反転プロペラ、機体ほぼ全体を覆うラジエターで、1934年10月23日、フランチェスコ・アジェロの操縦で709.209km/hを記録し、当時の陸上機より時速で160km以上も速かった。本機の保持しているレシプロ水上機の世界速度記録は破られていない。

出力3,100hp、全幅9.48m、全長8.33m、総重量3,000kg、最大速度709km/h、乗員1名。

幻の長距離記録立川A-26長距離機

1944年7月2~4日に満州の新京~白城子~ハルビンを結ぶ1周865kmの三角コースを19周し、16.435kmの世界周回長距離飛行を樹立した。平均速度は288.2km/h。

世界航続距離記録航空研究所長距離機

昭和13(1938)年5月13日、航研機は木更津-銚子-太田-平塚-木更津の周回コースを29周して、飛行距離11,651.011kmの世界周回長距離記録を樹立した。また10,000kmの平均速度186.197km/hも記録となった。これが日本機による初めての公認された世界記録となった。

出力880hp、全幅28m、全長15.1m、総重量9,216kg、最大速度245km/h(通常速度180~200km/h)、乗員3名。

東京~ロンドン都市間連絡飛行訪欧記録
三菱雁型「神風」

昭和12(1937)年4月6日、朝日新聞社の通信機“神風号”は飯沼操縦士と塚越機関士を乗せてロンドンへ向かった。11ケ所で着陸しながら15,357kmを実飛行時間51時間で飛び、国際航空連盟の都市間連絡飛行記録を樹立した。

出力550hp、全幅12m、全長8.5m、総重量2,300kg、最大速度480km/h、乗員2名。

人類初の超音速記録 ベルX-1

史上初めて音速の壁を破ったロケット機。1946年10月14日、高度45,200フィートで時速650マイル(1,126km)(マッハ1.06)を記録した。パイロットは、チャールズ・チェック・イエーガーだった。

推力2,724kg、全幅8.53m、全長9.42m、最大速度約マッハ1.45、乗員1名。

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