新千歳空港デジタル航空博物館
北海道ショールーム

新千歳空港デジタル航空博物館

飛行機今昔物語

飛行機の進歩・軍用機

第一次大戦の戦闘機

エトリッヒ・タウベ

オーストリアのイゴ・エトリッヒによって設計され、主翼がハトが翼をひろげた形をした独特のデザインから“タウベ(独語で鳩)”と名づけられた。1914年から軍用機として使われ、パリに3kg爆弾を投下した。

出力100hp、全幅14.36m、全長9.83m、総重量870kg、最大速度115km/h、乗員2名。

フォッカーE.I

第一次大戦中、連合軍がフォッカーの“スカージ(懲罰)”と呼んでおそれたプロペラと機銃を同調させた前方発射可能のドイツの最初の本格的な戦闘機。

出力100hp、全幅9.50m、全長7.19m、総重量610kg、最大速度141km/h、乗員1名、機銃2丁。

フォッカーDr.I

1917年に就役したドイツの三葉機。オランダ人アントニ・フォッカーの設計で、当時世界一の撃墜王といわれたマンフレ-ト・リヒトホーフェンの愛機「赤色戦闘機」として知られた。

出力110hp、全幅7.2m、全長5.8m、総重量586kg、最大速度165km/h

フォッカーD.VII戦闘機

第一次世界大戦末期に量産された最高傑作機の一つ。戦後もヨーロッパ各国で使用された。

出力160hp、全幅8.9m、全長7.0m、総重量850kg、最大速度190km/h、乗員1名

スパッド13戦闘機

第一次世界大戦中のフランスの代表的な単座戦闘機。フォンク、ギヌメールなどフランス撃墜王の愛機としても知られ、大戦中にフランスだけでも8,472機が製作された。

出力220hp、全幅8.3m、全長6.2m、総重量856kg、最大速度215km/h、乗員1名

ニューポール17戦闘機

第一次大戦初期、ドイツのフォッカーEIII戦闘機に対抗できた最初の連合軍の戦闘機ニューポール11の後継機として使用された。同調ビッカーズ機銃を1門装備していて、スパッドVIIが出現するまで主力戦闘機だった。

ソッピース・キャメル戦闘機

第一次大戦の最良イギリス戦闘機。最大の敵撃墜数(1,294機)で、その中には80機を撃墜し、戦闘大隊“サーカス”を率いていたフォン・リヒトホーフェンの機も含まれている。

 

第一次大戦の爆撃機/攻撃機

ハンドレー・ページO-400爆撃機

イギリスの最初の本格的夜間爆撃機。馬力の小さいO-100につづいて1917年春にフランスに派遣され、ドイツ占領地域の軍事目標を夜間爆撃し、その後はドイツの軍事産業の中心を爆撃した。

出力360hp×2、全幅30.48m、全長19.15m、総重量6,100kg、最大速度157km/h、乗員4名、機関砲3門、爆弾900kg。

ヴィッカース・ヴィミー爆撃機

最初の大西洋横断機。1913年から大西洋無着陸横断にロンドンのデイリー・メール社が賞金をかけていたが、1919年6月14日、第一次大戦後になってようやくジョン・アルコックとアーサー・ウィットン・ブラウンがこの爆撃機を改造した機体で賞金獲得者となった。

ニューファウンドランド島-アイルランド間3,040kmを16時間12分、平均速度189km/h の飛行であった。

出力360hp×2、全幅20.73m、全長13.27m、自重3,039kg、最大速度161km/h、乗員2名。

ハンドレー・ページ V/1500爆撃機

ドイツの巨人爆撃機に対抗して第1次世界大戦の末期に作られたイギリスの夜間長距離爆撃機。爆弾3t以上を積んで17時間滞空できると宣伝された。

出力375hp×4、全幅38.4m、全長18.9m、総重量13,620kg、最大速度165km/h、乗員6名

 

第二次大戦の戦闘機

陸軍九一式戦闘機

昭和6(1931)年、陸軍最初の単葉の制式戦闘機として採用された。“愛国号”として多数献納され、フランス人技師の指導を受けた最初の国産戦闘機だった。

出力450hp、全幅11.0m、全長7.3m、総重量1,500kg、最大速度300km/h、乗員1名、約450機生産、中島製。

陸軍一式戦闘機「隼」

陸軍でもっとも多くつくられ(5,751機)、また、最も多く特攻に使われた戦闘機。昭和16(1941)年4月、陸軍に制式戦闘機として採用された。「加藤隼戦闘隊」の歌で有名だが、開戦当初から終戦まで太平洋全域で使われた。

出力1,150hp、全幅10.8m、全長8.9m、総重量2,600kg、最大速度515km/h、乗員1名、中島製。

海軍局地戦闘機「紫電改」

局地戦闘機「紫電」の中翼を低翼にし、全面的な改良を加えたもの。そのため正規名称は「紫電二一型」という。陸軍の「疾風」と同じ「誉」エンジンを装備し、すべての性能で世界的水準の戦闘機だった。

総生産数は約400機と少ないが、源田実大佐が指揮する松山の343空で使われていたことで有名だった。

出力1,825hp、全幅12.0m、全長9.3m、総重量4,000kg、最大速度594km/h、乗員1名、川西製。

陸軍二式単座戦闘機「鍾馗」

制式になる前に「空の新撰組」といわれた独立飛行第24中隊(隊長 坂川少佐)でシンガポール攻略戦に参加した。本土防衛戦ではB-29の迎撃機として使われ、米軍では最も優秀な防空戦闘機と記録した。

出力1,520hp、全幅9.5m、全長8.9m、総重量2,770kg、最大速度605km/h、乗員1名、中島製。

海軍零式艦上戦闘機

正しくは「レイシキ」艦上戦闘機、「レイセン」と読む。昭和15(1940)年7月に制式機となった。開戦時には真珠湾攻撃、また、台湾から900km離れたフィリピン攻撃に参加した。後継機は間に合わず改造を重ねながら終戦まで量産された。また、生産は三菱と中島で分担。

21型:出力950hp、全幅12.00m、全長9.06m、総重量2,410kg、最大速度518km/h、乗員1名、三菱製。合計生産数10,425機

陸軍三式戦闘機「飛燕」

液冷式エンジンを装備した第二次大戦陸軍主力戦闘機で、エンジン以外は日本の創意による設計。性能や安定・操縦性はドイツ機より優れていた。陸軍は川崎に重戦闘機と軽戦闘機の試作機を注文したが、軽戦の方が採用された。

本土防衛戦では昼間は二式戦(「鍾馗」)や三式戦が主力となってB-29と戦った。

出力1,100hp、全幅12.00m、全長8.75m、総重量3,616kg、最大速度591km/h、乗員1名、川崎製。合計生産数3,159機

陸軍四式戦闘機「疾風」

「大東亜決戦号」といわれ陸軍の期待を集めて戦い、戦後の米軍調査ではもっとも優秀と判定された戦闘機。開戦直後の昭和16(1941)年に陸軍から試作指示が出た。

中島では高性能の「ハ-45(誉)」エンジンが完成したところでもあり、これを使い世界一の戦闘機をつくろうと技師たちが全力を傾けた。総生産数は零戦、「隼」に次ぐ数約3,500だが、戦争末期の6カ月間にこれが作られた。

出力1,650hp、全幅11.2m、全長9.9m、総重量3,900kg、最大速度624km/h、乗員1名、中島製。

海軍局地戦闘機「雷電」

防空戦闘機として、速力、上昇力、火力に優れていた。陸軍二式戦「鍾馗」と同様、爆撃機用のエンジンが搭載されたため、胴体が太くなっている。本土防空戦ではB-29に対して戦果をあげた。

出力1,800hp、全幅10.8m、全長9.7m、総重量3,947kg、最大速度587km/h、乗員1名、三菱製。

ホーカー・ハリケーン

1935年に初飛行したイギリス空軍最初の制式単葉戦闘機。胴体は金属骨組みに羽布張りと旧式だったが、英本土防衛戦やアフリカでの戦車攻撃などで成果を上げた。出力1,030hp、全幅12.2m、全長9.6m、総重量3,012kg、最大速度508km/h(I)

スーパーマリン・スピットファイアー

1936年に初飛行したイギリスの戦闘機。第二次世界大戦の全期間、全戦場を通じて最も使われ、イギリス戦闘機の代名詞ともなった。F9型:出力1,710hp、全幅11.23m、全長9.3m、総重量3,400kg、最大速度657km/h(写真=LF XVI)

フォッケウルフFw190

Me109に代わって第二次世界大戦後半のドイツ空軍主力戦闘機となった。ドイツ戦闘機には珍しく空冷エンジンを搭載していたが、後に液冷エンジンを搭載した型も登場した。A-8型:出力1,700hp、全幅10.51m、全長8.95m、総重量4,300kg、最大速度647km/h

メッサーシュミットMe109

量産向きの設計で優れた性能をもつドイツ戦闘機。第二次世界大戦直前から終戦まで全戦場を通じて使われ、英国戦闘機スピットファイアのライバルとして戦った。

E-3型:出力1,175hp、全幅9.9m、全長8.6m、総重量2,500kg、最大速度560km

メッサーシュミットMe163

1941年に初飛行した世界最初の実用ロケット戦闘機。燃料はメタノール+水化ヒドラジン、酸化剤は過酸化水素だった。本機を原型に日本でも「秋水」が作られた。

推力1,700kg、全幅9.32m、全長5.69m、総重量4,310kg、最大速度960km/h

マッキC202

1941年に量産されたイタリアの最優秀戦闘機のひとつ。強力な発動機に不足していたイタリアはドイツから発動機を輸入。ライセンス生産して、戦闘機を設計/生産した。本機はその初期の例で約1,200機が空軍に引き渡された。

出力1,075hp、全幅10.58m、全長8.85m、総重量3,009kg、最大速度599km/h、乗員1名。

メッサーシュミットMe262

1942年に初飛行したドイツのジェット戦闘機。途中用途の変更指示、撤回があったため生産計画が遅れ、1944年にようやく実戦参加した。

推力900kg×2、全幅12.51m、全長10.6m、総重量6,396kg、最大速度870km/h

ロッキードP-38

アメリカ陸軍最初の双発制式戦闘機。高空性能、高速、大火力などが強化された高高度迎撃用として設計され、太平洋戦争で多くの戦果をあげたが、運動性能はそれほどでもなかった。

H型:出力1,425hp×2、全幅15.85m、全長11.53m、総重量7,940kg、最大速度666km/h

グラマンF6F

1942年に初飛行したアメリカの戦闘機。それまでアメリカ軍の戦闘機を圧倒していたゼロ戦の2倍も強力なエンジンを搭載するなど運動面をのぞく全ての点でゼロ戦を上回っていた。

出力2,000hp、全幅13m、全長10.2m、総重量7,025kg、最大速度605km/h

ノースアメリカンP-51

もともとイギリスからの注文でアメリカが作った戦闘機。ロールスロイス・マーリン61エンジンを搭載したことにより、速度、運動性、航続力共に優れた傑作機となり、第二次大戦の最優秀戦闘機といわれた。

D型:出力1,695hp、全幅11.28m、全長9.82m、総重量5,493kg、最大速度703km/h

リパブリックP-47

空中戦ばかりでなく、爆弾900kg、ロケット弾10発を積み、地上攻撃もできる戦闘爆撃機としての能力を持つアメリカの戦闘機。機体が非常に頑丈であった。

D-35型:出力2,300hp、全幅12.43m、全長11.02m、総重量6,804kg、最大速度686km/h

チャンスボートF4U

1943年から戦場に現れた逆ガル翼で有名なアメリカの戦闘機。大きな搭載量と航続力により長年にわたって使われ、インドシナ戦争まで使われた。

1D型:出力2,000hp、全幅12.49m、全長9.99m、総重量6,280kg、最大速度631km/h

カーチスP40

あまり性能はよくなかったが、太平洋戦争の初期のアメリカ主力戦闘機の1つ。第二次大戦のあらゆる戦線に登場し、特に太平洋でよく使われた。アメリカ陸軍航空隊ばかりでなく、フランス、ソ連、イギリスの空軍でも使用された。

N-20型:出力1,200hp、全幅11.38m、全長10.16m、総重量3,810kg、最大速度563km/h、乗員1名。

グロスター・ミーティア

最初のイギリスのジェット戦闘機で、第二次大戦に参加した連合軍の唯一のジェット機。1943年3月5日に初飛行に成功し、20機発注された。1944年8月4日にドイツのV1飛行爆弾を迎撃し、好結果だった。以後、改良を重ねて1955年まで生産された。

1945年1月、大陸へ基地を移したがドイツのメッサーシュミットMe262ジェット戦闘機とは遭遇しないまま終戦を迎えた。

Ⅰ型:推力770kg×2、全幅13.1m、全長12.6m、総重量6,258kg、最大速度668km/h(高度3,000m)、乗員1名。

 
 

第二次大戦の爆撃機/攻撃機

陸軍九三式重爆撃機

旧式化した八七式重爆撃機の後継機として、三菱がユンカースK-38、九二式重爆撃機の経験から試作機を製作、昭和8(1933)年に制式採用され量産されたが、馬力不足やエンジン故障で性能はよくなかった。

海軍九九式艦上爆撃機

昭和17(1942)年4月、インド洋作戦で本機98機が英空母と重巡洋艦2隻を撃沈し、その時の命中率が80%を超えるという驚異的記録を残したことで知られている。昭和14年(1939)年に制式採用され、総生産数は1,512機。

22型:出力1,300hp、全幅14.4m、全長10.2m、総重量3,800kg、最大速度428km/h、乗員2名、愛知製。

海軍一三式艦上攻撃機

木製骨格羽布張りの旧式な構造だったが、実用性能は大正末期から昭和初期にかけて海軍随一といわれ、爆撃、雷撃、偵察をかねることができた。のちに民間に払い下げられて、通信機などに使われた。各型合計442機を生産。

3号:出力450hp、全幅14.8m、全長10.1m、総重量2,900kg、最大速度198km/h、乗員2名、三菱製。

海軍一式陸上攻撃機

「葉巻型」と呼ばれ太平洋戦争の始めから終わりまで使用された。日本海軍の主力長距離攻撃機。最大航続距離を確保するため主翼全体を燃料タンクとし、被弾すると火災になりやすかった。1943年4月18日連合艦隊司令長官山本五十六大将はこの機に搭乗していて撃墜された。

22型:出力1,800hp×2、全幅25.0m、全長20m、総重量12,500kg、最大速度440km/h、乗員7名、三菱製。

陸軍四式重爆撃機「飛龍」

陸海軍大型機の中で最も優れた性能をもっていた。強力な武装と防弾・防火装備、急上昇や垂直旋回、横転もできる旋回性があった。設計は量産のため徹底した分割構造になっていたが、戦争も末期となり生産総数は約700機であった。

本土決戦に備えて温存されていたが、最後には特攻機としても一部使われた。

出力1,810hp×2、全幅22.5m、全長18.7m、総重量13,700kg、最大速度537km/h、乗員6~8名、三菱製。

海軍艦上爆撃機「彗星」

この機のエンジンは液冷と空冷のものがある。総生産数2,157機の内、空冷が832機あった。空冷機は終戦までつくられた。最初の生産型の液冷発動機付型は発動機の生産、整備にも悩んだ。機体構造も複雑精密すぎる点があったが、空冷型は稼動が向上した。11型:出力1,200hp、全幅11.5m、全長10.2m、総重量3,650kg、最大速度552km/h、乗員2名、海軍航空技術廠製。

海軍艦上攻撃機「天山」

大戦後半の艦上攻撃機の主力。97艦攻から格段に機体性能を進歩させ、離陸補助ロケット(RATO)を胴体両側に装備したこともあった。総生産機数1,262機の内、後期の型はレーダーをとりつけた。

出力1,850hp、全幅14.9m、全長10.9m、総重量5,200kg、最大速度482km/h、乗員3名、中島製。

海軍艦上爆撃機「銀河」

1944年に制式採用となった日本海軍の双発爆撃機。高速で優れた航続性はそれまでの日本の爆撃機から飛躍的に進歩したが、設計が複雑で製造が難しく整備が困難などの欠点があった。

11型:出力1,825hp×2、全幅20m、全長15m、全備重量10,500kg、最大速度548km/h。設計:空技厰

ユンカースJu87

シュツーカの愛称をもつドイツの代表的な急降下爆撃機。地上の目標に対し、高精度で爆弾を投下することができた。低速のため、撃墜されることも多かった。

D-7型:出力1,400hp、全幅13.8m、全長11.5m、総重量6,600kg、最大速度400km/h

アブロ・ランカスター

高い実用性を備えたイギリスの爆撃機で、5t、10t、といった超大型爆弾が積める大きな弾倉を備えていた。スピットファイアなどと共に第二次世界大戦に於ける傑作機の1つといわれている。

出力1,460hp×2、全幅31.1m、全長21.2m、総重量30,800kg、最大速度462km/h

アラドAr234

ドイツの世界最初のジェット爆撃機。1943年7月初飛行し、1944年末には出撃できるようになった。レマーゲン鉄橋へも出撃したこともある。しかし燃料供給が絶え、活動できずに終戦をむかえた。

B-2型:推力900kg×2、全幅14.44m、全長12.64m、総重量8,400kg、最大速度742km/h、乗員1名。

ボーイングB-17

第二次世界大戦で活躍したアメリカの爆撃機。排気タービンとノルデン式照準器により、高高度からの精密爆撃ができた。操縦性が良く防弾性にも優れていたが、航続距離はB-29等に比べるとやや劣っていた。

G型:出力1,200hp×4、全幅31.6m、全長22.6m、総重量29,500kg、最大速度462km/h、乗員9名

マーチンMB-2

アメリカ陸軍航空隊で最初の制式双発爆撃機(1918年)。アメリカで設計された最初の双発量産機でもあった。12人乗りの輸送機型もつくられている。

出力400hp×2、全幅21.77m、全長13.40m、総重量4,638kg、最大速度169km/h、乗員3名。

ボーイングB-29爆撃機

1940年よりアメリカが次期重爆撃機として開発を始めた爆撃機。日本の本土空襲と原爆の投下を行った。高度7,600mで576km/hの高速飛行が可能で、爆弾9tを積むことができた。

出力2,200hp×4、全幅43.1m、全長30.2m、総重量54,500kg、最大速度576km/h、乗員10名

 
 

第二次大戦のその他の軍用機

海軍二式飛行艇

1942年制式機となった日本の大型飛行艇。64人乗りの旅客輸送用に改造した輸送飛行艇とあわせて167機が生産された。戦後、アメリカ海軍の実験によって第2次大戦中の最優秀飛行艇と評価された。

12型:出力1,850hp×4、全幅38m、全長28.1m、総重量24,500kg、最大速度450hp/h、乗員10名

海軍艦上偵察機「彩雲」

陸軍一〇〇式司令部偵察機と共に日本が生んだ高速偵察機として名高い。昭和19年(1944年)9月制式採用となり、「我に追いつくグラマンなし」の打電のエピソードで有名。総生産数463機。

出力1,990kg、全幅12.5m、全長11.2m、総重量4,500kg、最大速度609km/h、乗員3名、中島製

海軍試局地戦闘機「震電」

操縦席の後ろにエンジンを配置し、エンテ(前小翼)式にした戦闘機。こうすることで失速しにくく、離陸・上昇時間も短くなり、前方の視界もよくなる。このような形式の戦闘機はアメリカやイタリアでも試みられたが実用にはならなかった。

昭和20(1945)年に初号機が完成し、3回試験飛行したところで終戦となった。

全幅11.1m、全長9.8m、総重量4,900kg、最大速度750km/h、乗員1名、九州飛行機製。

海軍特別攻撃機「桜花」

ロケット推進の滑空有人爆弾。目標から距離37km、高度3,500mで母機から離れ、ロケット推進で降下、800km/hの高速で敵に激突するものとして設計された。昭和20(1945)年3月21日母機に吊られて15機が出撃したが途中、全機が撃墜された。

このほかにも桜花22型はジェット推進の高速機にして自力飛行ができるもの。陸上からカタパルト発信する43型も考えられていたが、終戦まで生産が間にあわなかった。

11型:推力800kg×9秒×3、全幅5.0m、全長6.0m、総重量2,100kg、最大速度660km/h、乗員1名、空技厰製、総生産数155機。

海軍試特殊攻撃機「橘花」

日本初のジェット機。昭和19(1944)年7月ドイツから潜水艦で運ばれたメッサーシュミットMe-262ジェット機とエンジンの資料を参考とし、機体は中島、エンジンは空技厰が担当したが、エンジンの開発は苦労した。

昭和20(1945)年8月7日、橘花1号機は木更津飛行場で約11分間、高度600mの飛行に成功した。しかし、2回目は失敗で機体は大破した。生産数は完成機1機と組立に入ったものが25機あった。

推力475kg×2、全幅10.0m、全長9.1m、総重量3,500kg、最大速度692km/h、乗員1名。

海軍高速偵察機「紫雲」

偵察に出て敵に見つかり追撃された場合、主フロートを切り捨てて機体を軽くして逃げる事ができる偵察機。また「強風」と同じように二重反転プロペラや主翼などに新たな技術を取り入れている。しかし、テストに時間がかかり、機能、性能共に思わしくなくて、生産機数は15機で打ち切られた。

出力1,680hp、全幅14hp、全長11.6m、総重量4,100kg、最大速度468km/h、川西製。

V-2弾道ロケット

実戦に使われた世界最初の弾道ミサイル。1944年9月8日、第1弾がロンドンに発射されて以来、翌年3月27日に攻撃が終わるまで約517発がロンドンへ、約1,265発がアントワープに落ちた。

全長14m、全備重量12,900kg、爆薬料975kg、着弾時速度2,900km/h。

ハインケルHe178

世界最初のターボジェット機。ハインケルの援助を受けたフォン・オハインの開発した遠心式ターボジェットエンジンのテスト用に作られ、1939年8月27日に初飛行した。

グロスターE28研究機

1941年5月15日に連合国側のジェット機として初めて実験飛行に成功した機体。ただし、世界では、ハインケルHe178、カンピーニ、そしてハインケルHe280に続く4番目の成功となる。

第二次大戦後の軍用機

ロッキードF-80

第二次大戦中から開発が始まり、戦後実用配備されたアメリカのジェット戦闘機。1947年に1003.8km/hの速度に達し、史上最初の時速1,000kmを越える記録を樹立した。

推力2,090kg、全幅12.2m、全長10.5m、総重量6,970kg、最大速度930km/h、乗員1名

ノースアメリカンF-86

昭和22(1947)年10月1日に初飛行した後退翼をもつアメリカのジェット戦闘機。当時としては画期的な高性能を示した。1948年4月26日には急降下中に音速を超えて、X-1ロケット機に続いてアメリカで2番目の超音速機となった。

同年9月15日には1,079.6km/hの世界速度記録を達成した。朝鮮戦争ではミグ15戦闘機に対して、圧倒的に優位だった。

推力2,760kg、全幅11.9m、全長11.4m、総重量8,900kg、最大速度1,056km/h、乗員1名。

ロッキードF-104

1954年2月7日に初飛行以後、ロッキード、カナデア、フィアット、三菱などの各社で生産された。これらは冷戦期の自由陣営の空軍のほとんどで使用された。戦闘機、戦闘爆撃機、偵察機、練習機(TF-104)の派生型がある。

推力4,540kg、全幅6.7m、全長16.7m、総重量13,000kg、最大速度マッハ2.2、乗員1名。

富士T-1

航空自衛隊の初めてジェット機を練習するための中間練習機としてつくられた戦後初の国産ジェット機。富士重工の設計が採用され、昭和33(1958)年1月19日に初飛行した。

イギリス製エンジンを装備したA型と昭和35(1960)年5月17日に初飛行した国産エンジンJ3を装備したB型がある。A型が46機、B型が20機生産された。

B型:推力1,400kg、全幅10.5m、全長12.1m、総重量4,350kg、最大速度860km/h、乗員2名。

マグダネルダグラスF-4E

双発の複座多用途戦闘機。原型は1958年5月27日に初飛行し、1961年から各派生型が使われた。全天候迎撃、地上攻撃、偵察、空母搭載戦闘機で、アメリカの空・海軍、海兵隊ばかりでなく、航空自衛隊も含む各国の空・海軍で広く使用され、5,195機が生産された。推力8,100kg×2、全幅11.7m、全長19.2m、総重量26,300kg、最大速度マッハ2.4(2,540km/h)、乗員2名。

三菱F-1

三菱T-2超音速練習機の発展型として設計された。電子装置を強化したことが特徴。生産機は昭和52(1977)年6月16日に初飛行し、同年9月末から配置された。推力3,200kg×2、全幅7.9m、全長17.8m、総重量10,000kg、最大速度マッハ1.6(1,700km/h)、乗員1名。

ロッキードSR-71

長距離高々度偵察機で、マッハ3のアメリカ空軍の最高速機として、1966年より使用された。1964年に超音速戦闘機としてテストされたが戦闘機としては生産されなかった。偵察飛行を1時間行うと155,400km2をカバーできたといわれる。推力15,400kg×2、全幅16.95m、全長32.74m、総重量77,000kg、最大速度マッハ3.3以上(高度24,000m)、乗員2名。

ノースロップB-2

1988年に初飛行したアメリカ空軍のハイテク爆撃機で、レーダー反射を極力少なくしたステルス全翼機。そのため、4基のエンジンも翼内に装備され、胴体中央部がスムーズに盛り上がってコックピットとなってる。

推力8,620kg×2、全幅52.4m、全長21.0m、総重量152,600kg、巡航速度マッハ0.8、乗員2名。

グラマン E-2C 早期警戒機1

アメリカ海軍艦上早期警戒機。電子機器・装置の改良、レーダー、航法装置の強化などしたE-2Cがつくられた。

胴体上に装備したロートドームに収容された高感度のレーダーが特徴で、海軍の主力早期警戒機になり、イスラエル、航空自衛隊でも運用されている。出力5,100ehp×2、全幅24.56m、全長17.55m、総重量24,200kg、最大速度636km/h、乗員5名。

新明和PS-1哨戒飛行艇

旧川西航空機である新明和工業の大型飛行艇技術に、高揚力STOL技術を組み合わせた当時、世界最大の飛行艇。波に強く外洋着水能力があり、対潜水艦や救難に適していた。PS-1は対潜用でUS-1は救難用。

またUS-1は降着装置をつけているので、水陸両用機となっている。

出力3,400ehp×4、全幅33.2m、全長33.50m、総重量45,000kg、最大速度490km/h、乗員12名、担架12。

川崎 P-2J哨戒機

ロッキードP2V-7をライセンス生産した経験を活かし、これを川崎重工がターボプロップ化した対潜哨戒機。しかし、P-3Cオライオンの就役とともに任務は終了した。

出力2,850ehp×2、補助ジェット推力1,550kg×2、全幅30.9m、全長29.7m、総重量31,700kg、最大速度557km/h、乗員12名。

川崎 C-1輸送機

自衛隊の使っていたカーチスC-46に替わる輸送機として日本航空機製造より1966年から設計がスタートした。

このC-1をベースに航空宇宙技術研究所が低騒音のSTOL機(実験機)「飛鳥」の研究を行った。

推力6.577kg×2、全幅30.6m、全長29.0m、総重量45,000kg、巡航速度806km/h、乗員5名。

ベルAH-1S

アメリカ陸軍の要求から対戦車攻撃能力を向上させた攻撃用ヘリコプター。アメリカ陸軍ではそれまでのAH-1Gを1985年末までにすべてこの型にした。また、日本の陸上自衛隊もこの型を装備している。

出力1,400shp、ローター13.4m、全長16.2m、総重量4,300kg、最大速度353km/h、乗員2名。

ベルUH-1

アメリカ陸軍の多用途ヘリコプターとして開発された。日本でもライセンス生産され自衛隊のほか民間でも長年の間様々な用途で使用されている。世界で広く使用され、1万機以上が生産された。

H型:出力1,400shp、ローター14.6m、全長12.8m、総重量4,309kg、最大速度204km/h、乗員2名/乗客13名。

シコルスキーS-55

エンジンを機首ボンネット内に前倒しにして装備し、角度をつけて後ろ上向きの斜延長軸でローターを駆動する独特な動力配置によって、キャビン容積を広くし、重心位置に客席を配置して、実用価値を高めた傑作機。

出力600hp、ローター16.2m、全長19.04m、総重量3,100kg、最大速度169km/h、乗員2名/乗客10名。

バートルKV-107Ⅱ

「空飛ぶバナナ」形状の大型ヘリコプターとして注目をあびた。双発エンジンを後部胴体の上に置き、2組のローターを前後タンデム形式に配置し、胴体全容積を有効にしたヘリコプター。

出力1,250shp×2、ローター15.24m、全長25.40m、総重量8,600kg、最大速度271km/h、乗員2名/乗客25~32名。

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